かしゅ子過去編 お尻奇譚

 お尻がなくなってしまった。



 お尻をなくすのは二度目である。一度目になくしたのは都心の駅で、私は二十歳だった。


 その日は朝から友達といて、なにをするでもなく過ごしていたのだけど、その時点でまだお尻はあった。と思う。少なくともこのときは、自分がお尻をなくすなんて思いもしなかった。お尻をなくすかもしれないと常に思いながら生きてる人間がいたら、それはとても哀れである。いつかなくすくらいなら、お尻なんて付けて生まれてこなければよかったとか思うんだろうな。可哀想に。


 そのまま午前中をあてもなく過ごし、さすがに退屈になってくる。昼食をとるついでに街へ出ようということになり、ふたりで駅まで歩いて向かった。駅までの坂道を横並びで歩いた。ウチらは仲良しだったのだ。

 本物の友情というのは、どちらかがお尻をなくしても成り立つ種類のものをいうのだと、いまになって思う。


 そうしてウチらの住んでる神奈川の東部にある住宅地から、東急東横線に乗って都心へ向かった。平日の昼間ということもあってか電車は空いていて、ふたり並んで座ることができた。私はこのときの座席の感触をいまでも鮮明に思い出すことができる。


 目的の駅へ到着して、改札へ向かう階段を私が先に立ってのぼっているとき、何かが変だなと感じた。はじめ、荷物を電車に置いてきたかなと思ったが、カバンはしっかりと肩にかかっていたし、そうではなくもっと根幹的な何かが欠落したような感覚があった。

 その違和感がたちまちお尻のあたりに集中して、私が不安になるかならないかのうちに、私の真後ろをついてきていた友達が、「お尻がない!!」と叫んだ。周りのひとたちが一斉にこちらを見る。私は恥ずかしくなってとっさにお尻を隠した。するとそこにあるはずのお尻がどこにもなかった。


 どこかに落としてしまったのだろうか。だとしたらどこで? 電車? 私のお尻は東武東上線直通の電車で川越方面へ行ってしまったかもしれない。

 私は都会の駅の雑踏のなか、お尻のない身体で立ち尽くした。


 駅員に「電車にお尻を忘れてしまいました」なんて言うわけにもいかず、結局お尻は見つからなくて、私はそれからしばらくのあいだお尻なしで過ごした。


 そのあとお尻を取り戻すのに、とてもたくさんの時間を要した。またその過程でお尻以外のたくさんの物も失った。けれどそれはまた別のおはなしだ。

 


 それできょう、ふたたびお尻をなくした。ひとりきりの部屋で、私は二十四歳だった。


 みんなも気をつけてね。

 ドブみたいな時間を過ごしていると、お尻がなくなっちゃうから。




かしゅ子